娘に言われたひとことで、前提が崩れた話

この前、この春小学校を卒業した娘からもらったお手紙に、

「お母ちゃんが無理をしないで、本音でいてくれると安心するよ」

と書いてあり、思わず涙が溢れました。

何かを許されたような、包まれたような安心感があったからです。

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無意識に持っていた「いい母親」の前提

同時に、これまで自分が、

「私は安定していた方がいいし、ちゃんとしていた方が、子どもは安心するものだ」

と、無意識に思っていたことにも気が付きました。

ちゃんとごはんを作ること。
ちゃんと話を聞くこと。
感情的にならないこと。
できるだけ整った状態でいること。

それが「いい母親」で、
それがそのまま子どもの安心につながると、疑っていなかった。

前提が揺らいだ瞬間

でも、その言葉を聞いたときに、
その前提が揺らぎました。

私は、子どもを安心させるためにやっているつもりでも、本当は、

“ちゃんとしていない自分”を見せるのが怖かっただけなんじゃないか。

「いい母親でいよう」というよりも、
そうでいないと不安になってしまう自分を、
なんとか保とうとしていただけだったのかもしれない。

そう思いました。

子どもにとっての「安心」とは

でも、今は前とは少し違う見方をしています。

子どもにとっての安心は、
完璧に整っていることではなくて、

「この人は嘘をつかない」と感じられることなんじゃないか、と。
自己一致感。

まだ迷いながら、それでも大切にしたいこと

もちろん、

どこまで見せるのか、
どう在るのがいいのか、

まだ迷うことはたくさんあります。

それでも、

“ちゃんとしている母親”でいることより、
“自然体の自分”でいることの方が、

少なくとも私は、大事にしたいと思っています。

前提が崩れることは、変化のはじまり

これはまだまだ途中の考えだけど、

こうやって前提が崩れていくこと自体が、
私にとっては大事な変化です。

こういう気づきが散りばめられているから、
子育ては本当に素晴らしいし、楽しいんだな、と

心から思えた出来事でした。

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