みなさんは、
「何を大切にしたいか」ではなく、「どこで承認されやすいか」を基準に、判断や行動を選んでしまうことはありますか。
承認や評価を求める気持ちが強い人ほど、自覚のないまま、この軸で選択をしやすくなります。
それは性格の問題というより、
判断基準がどこに置かれているか、という話です。
本人に悪気があるケースは、実は多くありません。
むしろ多くの場合、
「そうするしかなかった」背景を抱えています。
幼少期に、存在そのものよりも成果や役割で評価されてきた人
幼少期に、存在そのものよりも成果や役割で評価されてきた人は、大人になってからも、承認を得られる場所を優先する癖が残りやすい。それは、その人が傷つかずに生きるための術だったからです。
この判断軸が、大人同士の関係だけで完結するなら、大きな問題にはならないかもしれません。
けれど、そこに子どもが関わる場合、話は変わってきます。
子どもは言葉よりも・・・
子どもは言葉よりも、
大人の「優先順位」から多くを学び取ります。
- 誰が後回しにされるのか
- どんな時に関心が向けられるのか
- 何を満たした時に、場の空気が良くなるのか
そうした日常の積み重ねから、子どもは
「愛されるには条件がある」
というメッセージを、無言のまま受け取ってしまう。
これは、誰か一人の責任というわけではありません。
構造の話であり、連鎖の話です。
私自身苦しんできました

私自身、身近な関係性を通して、この構造を学ぶ機会が何度かあり、苦しんできました。
しかし、その学びを通して、自分自身に約束したことがあります。
承認や評価を得るために、自分や大切な人を後回しにする生き方を、次の世代には渡さない、ということ。
本当に大切な人や物を大切にする、という生き方。
親が子どもにできることは、
「何をしても、何もしなくても、あなたは大切で特別な存在だ」
という実感を、
日常の中で繰り返し手渡すことだと考えています。
評価よりも存在を。
条件よりも安心を。
それを選び続けることが、
負の連鎖を終わらせる力になると、今は思っています。
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